Period.

N o v e l

2021年11月26日 読了時間 : 4分

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イブ

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目が覚めた。朝だ。日曜日の休日。そして僕の誕生日前日である。明日僕は記念すべき30歳になる。

惜しい事に誕生日当日は月曜日のド平日で仕事なので、イブの今日を贅沢三昧しよう。

もちろん一人だ。

若い頃はそれぞれの誕生日を友達と祝いあったものだが、結婚して子供も産まれた友達を呼び出して家族の大事な日曜日を奪えるほどの権利は誕生日当日であっても持てるものではない。

独身貴族な一日といこうじゃないか。もちろん三食全て豪華に行こう。

まずは朝ご飯から豪華に食べた。

近所で毎日行列のできるパン屋に並んで、開店と同時に一番人気のカニクリームトーストと好物のきな粉揚げパンにホットコーヒーを頼んでテラス席で優雅に堪能した。

そして午前中はそのまま大型ショッピングモールに行った。

入るや否や流石の日曜日、大勢のカップルや若い友達同士、家族連れなどで賑わっていた。

申し分ない。賑やかなイブだ。まるでみんな僕の為に集まったかの様だ。

僕はあっちこっちの店に入り、欲しかったアレやコレやを躊躇無く手に取りレジに通していった。

心が踊る。最高のイブだ。

大荷物を両手にお昼の時間がきた。

お昼はレストラン街にある少しお高くとまったバイキングに入った。

時間の許す限り好きなだけ高級料理を食べ漁った。

バイキングを出てその足で映画館に行った。気になっていた映画の券を買った。

心が躍りっぱなしだ。

劇場に入る前にポップコーンやチュリトスが目に止まった。

あれだけ食べたのに今日はまだまだ満腹にはなっていない。

絶好調である。二つとも買って劇場に入った。

映画を見終わると夕方近くなっていた。

僕は帰路に着く前に行きつけの喫茶店で甘いパンケーキを食べて帰ろうと目論んだ。

普段はコーヒーだけなのに、コーヒーに続いてパンケーキを頼んだ僕に店員は少し驚いた反応を見せた。

イブなもんで。と心で言ってやった。

数年間も行きつけの喫茶店でパンケーキを頼むのは初めてかもしれない。

せっかくならあの娘がいる時にあの娘に注文したかった。

今や誰とも遊ばなくなった僕が仕事帰りにこの喫茶店でコーヒーを一杯飲む事だけが楽しみになった。

そしてコーヒーを飲みながら僕の話し相手になってくれるあの店員の娘に会うのが楽しみだった。

だけどここ数ヶ月あの娘はこの喫茶店に姿を表さなくなった。

もう辞めてしまった事くらい予想は付いているが、この喫茶店に向かう道中すらワクワクしていたあの感覚が忘れられなくてきてしまうのだ。

その頃からコーヒーの味をあまり感じなくなった気もするけど、今日はパンケーキもあるから一味違うぞ。

僕は届いたパンケーキとコーヒーを、ひたすら頬張った。

まるで何かに気づいてしまう前に平らげてしまえと言わんばかりの頬張り方だった。

そしてまだ飲み込み切れていないまま伝票を手に取りレジ行った。

すると「お久しぶりですね。」とレジカウンターの向こうから聞こえた。

そこにはあの店員の娘が立っていた。

「あれ、辞めたんじゃ」

「辞めてないですよ!資格の勉強のために長期休みを貰ってたんです。今日からまた出勤するのでよろしくお願いします。」

僕はお金を出しながら「じゃあまた会えるんですね」と言った。

受け取った彼女はお釣りを渡しながら「はい。またお待ちしてます。」と言って手を振った。

僕も手を振りながら店を出てそのまま帰路についた。

途中、コンビニに寄って晩飯のお惣菜を手に取ってレジに並んでから気づいた。

三食豪華に食べるつもりだったのになんでいつものお惣菜を手にしてるんだ。

するとレジの店員に呼ばれて自分の番が来たので、そのままお会計をして再び帰路についった。

帰宅後、なんだかボーッとしたまま欲しくて買ったアレやコレやを開けもせず、慣れた手つきで晩御飯の支度をした。

レンジの温め終わる「チン!」という音と共にハッと我に返った気がした。

そしてテーブルにつき、いつものコンビニのお惣菜を食べ始めた途端涙が止まらなくなった。

「また明日が来るんだなぁ。」と何度も言いながら涙と一緒に頬張った。

そして僕のお腹はいつも通り満たされ、満腹中枢による睡魔が僕を迎えにきた。

「そうか僕の20代はもう終わるんだ。」

そして布団に入るといろんな事を思い出してしまった。

10代が終わりそれぞれ20歳になる誕生日を盛大に友達と祝い合ったあの日から、成人式はもちろん色んなことができるようになりたくさん思い出を作った。将来への不安を見えないフリしながら遊び、少しづつ歳を重ね、少しづつみんないろん事を経験して、少しづつ歩幅が変わり、少しづつでも確実に日常はちゃんと変わっていった。

そして今日そんな20代が終わる。一人で終わる。

布団の中で泣きながら、しかし少し微笑みながら20代最後の僕は目を閉じた。

「最後の晩餐はいつもの晩餐だったな」

そういって眠りについてイブを終えた。

そして誕生日を迎えた。

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